失敗を成長に変えるチームのふりかえり:KPTとYWTの実践ガイド
はじめに:なぜチームで「ふりかえり」が重要なのか
チームでの活動において、常に意図通りの成果が得られるとは限りません。予期せぬ問題や、目標達成に至らない失敗は避けて通れない場合があります。しかし、これらの失敗は単なるネガティブな出来事として片付けるのではなく、チームが成長するための貴重な機会として捉えることが可能です。
日々の業務に追われる中で、立ち止まって過去の出来事を振り返る時間を十分に確保することは容易ではありません。また、振り返りの場を設けても、形式的な議論に終わってしまったり、具体的な次の行動につながらなかったりするケースも少なくありません。特にチームリーダーにとっては、チームメンバーが安心して本音で話せる場を作り、失敗から真に学びを得て、それを組織全体の成長や改善につなげるための体系的なプロセスを確立することが重要な課題となります。
この記事では、チームでの失敗を前向きな成長機会に変えるための効果的な「ふりかえり」手法として、KPT(Keep, Problem, Try)とYWT(やったこと, わかったこと, 次にやること)という二つのフレームワークを取り上げます。これらのフレームワークの基本的な考え方から、チームで実践する際の具体的な進め方、そして単なる振り返りで終わらせず、そこから具体的な改善アクションを生み出すためのポイントについて解説します。
チームの失敗を成長に変えるKPTフレームワーク
KPTは、「Keep(継続したいこと)」「Problem(問題だったこと)」「Try(次に挑戦したいこと)」の3つの視点から、過去の活動を振り返るためのシンプルなフレームワークです。主にアジャイル開発チームなどで頻繁に利用されますが、ビジネスの様々な状況におけるチームの振り返りに応用可能です。
KPTの構成要素
- Keep(継続したいこと): チームとしてうまくいったこと、今後も続けていきたい良い点を挙げます。成功体験やチームの強みを再確認し、自信やモチベーションの維持・向上につながります。
- Problem(問題だったこと): うまくいかなかったこと、課題、懸念点、失敗したことなどを挙げます。具体的な問題点を洗い出し、改善の必要性を明確にします。
- Try(次に挑戦したいこと): Problemで挙げられた問題点を解決するため、あるいはKeepで挙げられた良い点をさらに伸ばすために、次に具体的に何を試すか、何を改善するかを決定します。ここが最も重要なフェーズであり、具体的なアクションアイテムを設定します。
チームでのKPT実践ステップ
- 目的と対象期間の明確化: 何のために、いつからいつまでの期間を振り返るのかをチーム全体で共有します。
- KeepとProblemの洗い出し: 各メンバーが対象期間中のKeepとProblemをそれぞれ書き出します。ポストイットやオンラインホワイトボードツール(Miro, Muralなど)を使用すると、視覚的に整理しやすくなります。
- グルーピングと議論: 書き出された項目を類似性に基づいてグルーピングし、それぞれの項目についてチームで議論します。特にProblemについては、なぜそれが問題だったのか、どのような状況で発生したのかなどを深掘りします(ここで根本原因分析の手法などを組み合わせることも有効です)。
- Tryの生成: Problemで議論された問題点に対して、具体的な解決策や改善策をチームでブレインストーミングし、Tryとして設定します。Keepをさらに良くするためのTryも考えられます。複数のTryが考えられる場合は、チームとして優先順位を決定します。
- アクションアイテムへの落とし込み: 決定したTryを、誰が、いつまでに、何をやるのかという具体的なアクションアイテムに落とし込みます。曖昧な表現ではなく、計測可能で実行可能な形にすることが重要です。担当者と期限を明確にします。
- アクションアイテムの管理: 設定したアクションアイテムを実行に移し、次回のKPTふりかえりの際にその進捗や結果を確認します。これにより、振り返りが「やりっぱなし」になることを防ぎ、改善サイクルを継続させることができます。
KPTのメリット・デメリット(チームでの活用視点)
メリット:
- シンプルで理解しやすく、導入しやすい。
- ポジティブな側面(Keep)も振り返るため、チームのモチベーション維持につながる。
- 問題点の洗い出しから具体的な次の行動(Try)までを一連の流れで行える。
デメリット:
- Problemに偏りすぎるとネガティブな雰囲気になりやすい。
- Tryが抽象的になると、具体的な行動に結びつかない可能性がある。
- 深い原因分析には別途手法(なぜなぜ分析など)が必要な場合がある。
チームの成長を促すYWTフレームワーク
YWTは、「やったこと(Yatta koto)」「わかったこと(Wakatta koto)」「次にやること(Tsugi ni yaru koto)」の3つの視点から振り返りを行うフレームワークです。日本の企業で考案され、特に個人の学びを深め、チームでの共有を通じて組織全体の知識として定着させることを目指しています。
YWTの構成要素
- やったこと(Y): 対象期間中に行った事実や行動を客観的に記述します。「誰が」「何を」「いつ」「どのように」行ったのか、データや記録に基づくとより明確になります。
- わかったこと(W): やったことを通じて、気づいたこと、学んだこと、成功や失敗の要因、感じたことなどを主観的・内省的に記述します。ここが学びの核心となります。なぜうまくいったのか、なぜうまくいかなかったのかといった分析を含みます。
- 次にやること(T): わかったことを踏まえて、今後具体的に何を実践するか、行動を変えるかを記述します。YWTにおける「次にやること」は、必ずしも問題解決だけでなく、わかったことを活かしてさらに良くするための行動も含まれます。
チームでのYWT実践ステップ
- 目的と対象期間の共有: KPTと同様に、振り返りの目的と期間を明確にします。
- 「やったこと」の整理: 各メンバーが担当した業務やプロジェクトの具体的な「やったこと」を事実ベースで書き出します。
- 「わかったこと」の抽出と共有: 「やったこと」を振り返り、「そこから何がわかったか」を深掘りします。個人で内省した内容をチームで共有し、他のメンバーからの視点や気づきも得ながら議論を深めます。個人の学びをチームの学びへと昇華させる重要なステップです。
- 「次にやること」の設定: 「わかったこと」で得られた知見を活かして、「次に何をやるか」「どう行動を変えるか」を具体的に設定します。これも個人レベルのアクションとチームレベルのアクションがあり得ます。
- アクションアイテムの具体化と管理: 設定した「次にやること」を、KPTと同様に担当者・期限を明確にしたアクションアイテムに落とし込み、実行・管理します。
YWTのメリット・デメリット(チームでの活用視点)
メリット:
- 個人の内省から始まり、学び(わかったこと)に重点を置いているため、メンバー一人ひとりの成長を促しやすい。
- 「やったこと」から入るため、客観的な事実に基づいて振り返りができる。
- KPTと比較して、成功体験や発見からの学びも次の行動につなげやすい。
デメリット:
- 「わかったこと」の質が個人の内省能力に左右される可能性がある。
- 「やったこと」の整理に時間がかかる場合がある。
- チームでの議論が深まらないと、個々の学びの共有で終わってしまう可能性がある。
効果的なチームふりかえりのための共通ポイント
KPTとYWTはアプローチが異なりますが、チームでの失敗を成長につなげる「ふりかえり」を効果的に行うためには、いくつかの共通する重要なポイントがあります。
- 心理的安全性の確保: チームメンバーが失敗や懸念点を率直に話せる環境が大前提です。リーダーは、非難や批判のない、受け入れられる雰囲気を作り出すことに最大限配慮する必要があります。失敗そのものではなく、失敗から何を学ぶか、どう改善するかに焦点を当てる姿勢を明確に示します。
- 具体的なアクションアイテムへの落とし込み: 振り返りで問題点や学びが明確になっても、具体的な次の行動が決まらなければ意味がありません。「Try」や「次にやること」は、誰が、何を、いつまでに行うのかが明確な「SMART」な目標(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)として設定します。
- 担当者と期限の明確化: 設定したアクションアイテムには必ず担当者と期限を設けます。これにより、責任の所在が明確になり、実行への確度が高まります。
- 振り返りの頻度と継続性: プロジェクトの区切りや、週に一度、スプリントごとなど、チームの状況に合わせて適切な頻度で定期的に実施することが重要です。一度きりで終わらせず、継続することでチームの文化として定着し、学びが蓄積されます。
- アクションアイテムの進捗確認: 設定したアクションアイテムの進捗を次回のふりかえりや別のミーティングで確認する時間を設けます。これにより、チームとして改善活動が進んでいることを実感し、モチベーションを維持できます。
- 外部環境や要因の考慮: 失敗の原因がチーム内部だけでなく、顧客、他部署、システム、市場環境など外部にある場合もあります。これらの外部要因も冷静に分析し、チームとして働きかけられること、働きかけられないこと、受け入れるべきことなどを整理します。
- 振り返り手法の使い分けや組み合わせ: KPTとYWTにはそれぞれ特徴があります。チームの状況や目的に応じて適切なフレームワークを選択したり、必要に応じて両方の要素を取り入れたりすることも可能です。例えば、まずYWTで個人の学びを深め、その後チームでKPTを用いて具体的なTryを決める、といった組み合わせも考えられます。
振り返り結果を「組織の知」へ昇華させる
個々のふりかえりで得られた学びや改善アクションは、チーム内に留めるだけでなく、可能であれば他のチームや組織全体で共有することが望ましいです。これにより、同様の失敗を他のチームが繰り返すことを防いだり、成功事例を横展開したりすることが可能になります。
ふりかえりの議事録やアクションアイテムを共通のドキュメントツールやプロジェクト管理ツールで管理し、アクセス可能な状態にしておくことが有効です。複数のチームで定期的にふりかえりを実施している場合は、蓄積されたデータ(どのような問題が多く発生しているか、どのようなTryが効果的だったかなど)を横断的に分析することで、組織全体の構造的な課題や改善の方向性が見えてくる場合もあります。これは、データ分析の基礎知識を持つ読者層にとって、振り返り活動からさらに踏み込んだ価値を引き出す応用的なアプローチと言えるでしょう。
まとめ:継続的な「カイゼン」のサイクルへ
チームでの失敗は避けられないものですが、それを恐れるのではなく、成長のための燃料として積極的に活用することが重要です。KPTやYWTといったフレームワークを用いた体系的な「ふりかえり」は、チームが過去の出来事から学び、次に活かすための有効な手段となります。
しかし、最も重要なのは、フレームワークを使うこと自体ではなく、心理的安全性が確保された環境で正直な対話を行い、具体的な「次にやること」(Try)を決定し、それをチームとして実行し、その結果を再び振り返るという継続的な「カイゼン」のサイクルを回し続けることです。
チームリーダーは、このサイクルが円滑に回るよう、場を設定し、対話を促進し、アクションの実行をサポートする役割を担います。失敗から学び続けるチームは、変化に強く、より高いパフォーマンスを発揮できる組織へと成長していくことでしょう。この記事でご紹介したフレームワークとポイントが、皆様のチームの成長と「失敗カイゼン」の一助となれば幸いです。